宇都宮地方裁判所 昭和30年(行モ)4号 決定 1955年10月21日
申請人 田口善四郎 外六名
被申請人 佐久山町・大田原市
主文
本件申立を却下する。
申立費用は、申請人等の負担とする。
理由
申請人等代理人は被申請人等が、昭和三十年十月十二日、同年三月二十八日佐久山町議会がなした佐久山町を廃止して大田原市に編入するとの議決に基きなした栃木県知事に対する合併申請は本案判決確定に至るまでその執行を停止するとの決定を求め、その理由の要旨として、佐久山町議会は昭和三十年三月二十八日、前述の如き議決をなし被申請人等は右議決に基き同年十月十二日、栃木県知事に右合併の申請をなしたのであるが、右議決は一、議案を予め告示することもなしに当日の午前三時頃突然招集されその午前四時頃開会された上なされたものであり、これは地方自治法第一〇一条に定められた招集手続によらない議会でなされたものであり、二、右の如く突然招集され、開会された議会であるから町民はこれを傍聴することも出来ず、かゝる不公開の議会でなされたものであり、三、右議決の内容である佐久山町の大田原市への編入については当時佐久山町の有権者二、六〇〇名中その六割五分を占める一、七〇〇名が反対して居り、かゝる町民大多数の意思に反した議決であり、四、地理的、人口的、経済的に或は関係市町村の事業計画等からみるも佐久山町の大田原市への編入は何ら佐久山町民の福祉を増進する見込がないのみならず、就中財政的に大田原市は現に僅か土地山林七町八反五畝二十七歩の基本財産しか有しないのにも拘らず多額の市債を負い、これに反して佐久山町は約五千万円の基本財産を有し町債は殆どないから右合併により佐久山町は著しい不利益を受け、且つその町民も地方税の増額等により苦しまなければならず、かゝる町民の福祉に反する内容の議決は無効である。かくの如く右議決は無効であるからこれに基く被申請人等の前記申請行為もまた無効なものである。而して佐久山町議会の議員である申請人等は議員として佐久山町及び同町民の権利義務や利益に重大な影響を及ぼす右議決並びにそれに基く前記申請行為の無効を主張する法律上の利益を有するのみならず、右合併によつて町会議員たる資格をも失うのであるからこれを定めた右議決並びに右申請行為の無効を主張する法律上の利益をも有するので、現にその無効確認訴訟を宇都宮地方裁判所に提訴中であるが、右申請行為(処分)を放置するならば栃木県知事は右申請に基き栃木県議会の議決を経た上前記合併を定めるに至り、日ならずして右合併が成立してしまいかくては申請人等は前記の如く償うことの出来ない幾多の損害を蒙るから右判決が確定するに至るまで右議決に基く被申請人等の申請行為の執行停止を求める必要があるため本件申立に及んだと述べた。(疎明省略)
被申請人等は本件申立を却下する旨の決定を求め申請人等主張の主張事実中議決及申請行為のあつたことは認めるがその余の事実は争うと述べた。(疎明省略)
よつて被申請人等の意見を聞いた上、按ずるに、佐久山町議会が申請人等主張の如き議決をなしこれに基き被申請人等が昭和三十年十月十二日栃木県知事に申請人等主張の如き申請行為をなしたことは疏明資料により明かであるが、右議決に基く申請行為の執行停止を求める本件申立は次の如く如何なる点よりするも理由がない。即ち、一、本件佐久山町の大田原市への合併は地方自治法第七条に基くものであり、これによると、右合併は佐久山町と大田原市の申請に基き、栃木県知事が栃木県議会の議決を経てこれを定める時において始めて成立するのである。この決定の先行行為である関係市町村のなす右合併申請、更にその前段階をなす関係市町村議会の合併議決のみによつてはなんら合併の効力を発生しないのはもちろん、その成立にも至らないのである。したがつて右議決或いは申請行為はそれ自体直接国民の権利義務に関係する効力を生ずるものではないから、これらの行為(処分)を以て行政事件訴訟特例法第一、二条にいう行政庁の処分とは到底云えない、そしてこれらに対して出訴を許す特段の規定もないから、右申請行為、右議決等に対してはいずれも行政訴訟を提起し得ないものと謂わねばならない。本件申立は先づこの点において却下を免れ得ないが更に二、申請人等は町会議員として前記の如き町民全体に重大な利害関係ある右行為(処分)に対してはその効力を争う法律上の利益を有すると主張するが町会議員が政治的に、町民の意思を代表することは明かであるとしてもこのことから直に町民の権利義務に関係ある行政処分を争う法律上の利益を有するものとは云い得ないし、又右行為(処分)の結果、佐久山町が廃止され申請人等が佐久山町議会の議員としての地位を喪失するに至るとしてもそれは右処分により直ちに其の地位を喪失するものでなくあくまで右処分の間接的な結果に外ならないのみならず、かゝる場合を行政事件訴訟特例法第十条に所謂行政庁の処分の執行に因り生ずべき償うことの出来ない損害を避ける為緊急の必要がある場合とは認められない。したがつて、申請人等は本件申立をなす法律上の利益を有しないものと云わなければならないから、この点においても本件申立は理由がない。三、申請人等主張の如く本件議決が不公正な瑕疵ある招集手続により招集せられ、傍聴人のいない議会においてなされたとしても、かゝる手続の瑕疵によつて右議決が当然無効になるとは云えないのみならず、本手続に於て提出された全疏明資料を綜合すれば異例の手続だつたとは謂え申請人等主張の如き手続の瑕疵が存在したものとは認められない。四、また、右議決の内容がたとえその当時の大多数の佐久山町民の意思に反し、同町民等の福祉に反する原因となるものであつたとしてもこれがため直ちに右議決が無効になるものでないことは事の性質上極めて明白であるし、(かゝる場合町民には議会の解散請求、議員の解職請求が認められている)前記疏明資料に徴するも未だ以て申請人等主張の如き右事情を肯認するに足らない。したがつて、右議決にはなんらその効力を左右するに足る瑕疵も存在しないのでこれに基く前記申請行為も適法であると云わなければならない。
よつて本件申立はいずれの点よりするも理由がないから却下し、申立費用については申請人の負担とし主文の通り決定する。
(裁判官 広瀬賢三 柏木賢吉 田尾桃二)